Joe Trump

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Q. 大橋さんとどうやって知り合いましたか?またその印象は?

A. 1991年、ニューヨークで隆志に出会いました。当時一緒にやっていたシンガー/ギタリストのリチャード・デブリン・グリーンを通して会いました。隆志はスーパークールな日本人ロッカーで、最初に会った時に「Jamと呼んでくれ」と言いました。「自分はもうすでにこいつのことが好きだな」と独り言をいいました。それからいくらか一緒に演奏して、さらに彼の事が好きになりました。彼には素晴らしい自然なフィーリングがありました。そのバンドは、やったりならなかったりが1年かそこら続きました。その後20年ほどお互い連絡が途絶えました。暫く後の1995年に、私はポートランドに引越しました。それから2008年の8月、キキ・バンド(後で説明します)のツアーやレコーディングで日本に暫く滞在した時、友人に彼を漢字で探してくれと頼みました。もちろんすぐに彼のホームページが現れました。

Q. 大橋さんの音楽を聴いてどう思いましたか?

A. 2008年に東京で再会した時に、彼の最近の音楽を最初に聴いた時は本当に興奮しました。彼の根源的なロックサウンドは健在でした、しかし"アコデリア"や"チャイルド・オブ・ネイチャー"といったCDには、古くからの友人の、自分の全く知らなかった面がありました。凄くカッコいい、ちょっと折衷主義的で、しかしながら彼自身が全ての創造源であることが認識出来るものでした。また一緒に仕事をするのが待ちきれませんでした、そしてやりました、"インディペンデント・ソウルズ・ユニオン"で。

Q. 今までに日本とどんな関わりがあったのですか?

A.両親は共にオペラ歌手でした。「蝶々夫人」の中で子役として母の舞台に何度か出ました、私の最初の日本との繋がりです! 自分が成長するにつれ日本への興味も増していきましたし、次第に繋がりも増えていきました。1991年頃に隆志に出会って、少し近づきました。1995年1月にポートランドに引っ越して、さらに近づきました。で、同じ年の8月に偉大なサックス奏者の梅津和時氏とヨーロッパで出会い、一緒に演奏しました。一方では自分が日本を訪れる機会はありませんでした。遂に、1996年11月、エリオット・シャープ&カーボンのツアーで2週間程、数日を札幌で残りは東京で過ごしました。故に2005年、7, 8年の音信不通の後、梅津さんが突然連絡してきて、彼のキキ・バンドに誘われました。そしてそれは2回目の訪日で、また彼と演奏した時、長い間一緒にやっていたような感じでした。以来私はそのバンドのメンバーで、年に1, 2度はツアーやレコーディングで日本に行ってます。数回訪れただけで既に日本は第二の故郷に感じはじめました。そして20年程音信不通だった古い友人の隆志にも再会し、その思いはさらに強くなりました。それは毎日膨れ続けています。

Q. 日本のリスナーへひとこと

A. 日本はいつも自分にとって故郷のように感じてます。そちらに行って、隆志と我々の新しいバンドで演奏する事に興奮してます。しかし、まずはこのバンドを始動させることに興奮してますし、準備も出来てます。最初のライブがもうじきやってきます。またね、次は日本!